卒業シーズン  [矢野沙織]

卒業シーズンですね。
少し前に、
よくジョギングしている公園で、髪をベリーショートにして肌をよく日に焼いたきれいな女の子達がコースを元気に走り抜けていきました。
私は遅れてちんたら周回していると、コース途中の公園の大きな木にセーラー服がなっていました。
なんてすてきな!と、彼女たちの部活が終わるのを見計らって声を掛け写真を撮らせてもらいました。

私には妹がいるのですが、いつか私が20、21歳くらいの時分に当時高校生だった妹の制服を着てみたときの尋常でない違和感。
あれ、なんなんでしょうね。
二十歳くらいと言ったら、高校卒業してたかだか2年くらいなはずなんですよ。
しかも、私が現役の高校生だった頃はしっちゃっかめっちゃかな髪型に、濃いだけで下手なメイク、はち切れるような太もものくせにミニスカートの制服…とまあ割とひどい感じだったような気がしていて、それが二十歳迎えるあたりで軽く落ち着いたりもしたはずなのにやっぱりあの違和感。

各世代それぞれの美しさももちろんあるのですが、現役生の制服は正義。

卒業生のみなさん、おめでとうございます。

矢野沙織

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矢野沙織ライブスケジュール

3/26(水)東京 目黒Blues Alley Japan
Blues Alley Japan 予約受付センター : 03-5740-6041
受付時間 12:00〜20:00(月〜土)
Blues Alley Japan HP

3/28(金)東京 西新井カフェクレール
西新井 Cafe Clair : 03-3880-6645
受付時間 12:00〜20:00(月〜土)
西新井カフェクレール HP

4/2・3(水・木)名古屋 名古屋STAR★EYES 2Days
名古屋STAR★EYES : 052-763-2636
名古屋STAR★EYES HP

4/5(土)和歌山 和歌山デサフィナード
ご予約・お問い合わせ デサフィナード : 073-441-6166
和歌山デサフィナード HP

4/7(SAT)大阪 ロイヤルホース ROYAL HORSE
ご予約 ROYAL HORSE:06-6312-8958
ロイヤルホース HP
2014年03月17日18:45 | Comment(1)

生誕10000日  [矢野沙織]

なんと、私は今日でちょうど生誕10000日を迎えたようです。
そんなこと考えもしなかったのでちょっとぽかんとしますが、地味ーに計算するとなにげに10000日ってすごい。生誕20000日を迎える頃には55歳になるんだなぁ…と。
しかし、十代の時に一緒に遊んでいたような、ちょっとお兄さんの友達なんかの彼女が26、7歳くらいで〜…というような話を聞いていると、26、7歳というのはとんでもなくお姉さんで、自分には全く関係のない、また自分がその年齢になることすら考えられないといった具合でした(笑)大人になるのはおもしろいですね。
大人になると視野が広がる?のかなんなのか、最近起きている現象としては、恵比寿から代官山までが異常に近くなった気がするのと、名古屋の丸栄からパルコまでの道のりも異常に近くなったように感じていることです(笑)特筆すべきがその二か所なだけで、全国的に似たような感覚を覚えています。なんなんですかね。

今日からまた、20000日目指してのんびりしまーす。

矢野沙織

AnniversaryCalc
http://anniversarycalc.com/
こちらのページで紹介されています。
http://anniversarycalc.com/anniversary/201403/236

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2014年03月14日12:05 | Comment(3)

夢は夜ひらく  [矢野沙織]

お亡くなりになった藤圭子さん。
本当に残念でした。
藤圭子さんの歌が大好きだった私は、とても悲しいです。



大好きな歌手の藤圭子さん。
思えば、
悲しい歌、どこか影があって、退廃的で、少なくとも人前では負の感情を露わにしないことに美徳を覚えるようになったのは、藤圭子さんの歌を聴いてからだと今更認識しました。

ビリーホリデーを知るより前に、きっとどこかで耳にした、
「十五、十六、十七と 私の人生暗かった」
の一節は、子どもながらに、何かタブーで、もうその年齢の女というのは充分大人なんだ、と感じていたんだと思いました。




確かに、思い出せば私の若さとは、明るくはじけて、みずみずしい美しさだけの清純なものではなかったのが事実でした。
十代の頃から二十一、二歳まで、日頃から「もうこんな気持ちになることがあるわけがない」と、自分にあったことから、小説の一説、何か思ったことなどをとにかくノートに書き溜めていました。
その中には、当然赤面必至なことも平気で書いてある、というかそれがほとんどですが、中には今では絶対に見過ごすような描写がいくつもありました。
私の「十五、十六、十七」は、ジャズミュージシャンになりたくて、それが叶って、CDを出してもらえて、初めて大きなタイアップの取れた重要な三年間でした。
今思えば苦労などは周りの大人しかしていないはずなのに、十代の多感さから、また幼い頃聴いた藤圭子さんの歌の強烈な印象から、私のそれらは暗いものでした。
もう大人なのだから、と背伸びをして。


これは私個人の習性ですが、好きなら好きなほど、その人の本質など見ないようにするんです。
なので、好きなミュージシャンやなんかの人のインタビューは読まないで、ありがたい写真だけを見るんです。
それで、勝手に「この方はこういう方だから…」と決めて、ファン活動を続行するわけです。


なので、私の中の藤圭子さんとは、若くして「怨歌」と評されるような歌を唄い、その怨みがスターになるにつれて薄れても、きっとそれはそれでご本人は幸せで、ぽいとビールの詮のように捨てられてもあっけらかんと笑い、というか美人だしそんな事は実際はなくて、男衆には姐さんとか呼ばれて、大所帯で昭和の新宿を闊歩して、男勝りの美人で…
という人物像でした。

それが合っていたのか違ったのかはわからないし、知ろうとしなかったのですが、私の中の藤圭子さんはもうこれからずっとそのままなのです。

夜という時間を夢にみた、クーラーもなかった幼い暑い夏の夜を思い出します。

でも少し大きくなると、実際は夜なんてただの夜で、何かいい事が起きるわけでもない。宵っ張りの胸騒ぎの中で、焦りと安堵を繰り返すと夜が白む。
そうすると決まって、諦めた朝が仕方なくどろりとやってくる。




そういう、私の現実と理想をリンクしてくれたのが、藤圭子さんでした。




本当にありがとうございました。

どうか安らかにお休み下さい。

矢野沙織
2013年08月23日17:51 | Comment(4)

つけまつげ  [矢野沙織]

付けまつげが大好物でたくさん持っているのですが、最近変わり種系のまつげを入手していなかったので「ああ、大人になったんだろう」と少し寂しく思っていたのです。

昔なんかもう色系のつけまつげを部分的に切って繋ぎ合わせてオッパッピーになったり、スワロフスキーを貼ったり、毛並みをカットしたり、それはそれは熱心に手製のまつげを作って順調にモテない時間をつむいできたわけです。

しかし、変わり種まつげのモテない具合ったら。
いやいや、待て待て。
それはまさかまつ毛のせいではなかったのでは……的なことは考えないとして、この所変わり種まつげ欲がなくなっていましたので安定の変わり種ぶりのShu uemuraで一目惚れしたときは何となく安心しました。

私的には、自分で自分の写真を撮るのは多少モヤモヤするのですが、まつげちゃんがあんまり良いので撮ってみました。


限定品らしいので、ヒットした方は急ぎましょう。


ではでは。

矢野沙織

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Live Shedule

2013.4.30 & 5.1
目黒Blues Alley Japan
矢野沙織 Special 2days
2013.5.3 & 5.4
名古屋STAR★EYES
矢野沙織 Special 2days
2013.5.25
那覇 Paker'sMood
2013年04月23日13:50 | Comment(2)

全てが主旋律の夢楽団  [矢野沙織]

皆さんこんにちは。矢野沙織です。

ブログはすっかりご無沙汰でしたが、皆さんお変わりないでしょうか。
私は変わったり変わらなかったり、まあ普通です。


ところで、私はかなり小さな時からジョージクリントンのファンでして、その入れ込み様は時間帯によっては狂気じみているほどなのです。


元々父親がジョージクリントンのファンであった影響でしょうが、小さな頃に、あの全てに対してお尻を出して馬鹿にしているようなブラックアナーキー集団を見たときにはしっくり返ったものでした。
特に、分かり易くギターを壊してみたりストイックに怒りまくっているわけではなく、あくまで陽気に見えるように怒るのは大変にスマートだなと思うのでした。


私はアメリカの音楽をやりながら、アメリカ人の先生に習い、アメリカへ行くときには心躍らせながらも、相反して私はアメリカが大嫌いなのですが、そんな矛盾を唯一肯定できる拠り所もジョージクリントンの発信するものでした。

同じく大ファンであるスティーブンキングの文章中にも感じることがありますが、ジョージクリントンもまた、アメリカに対しての憤りをあくまでグルーヴに乗せて届けてくれるのです。
鳴っている音の全てが主旋律の夢楽団。それがジョージクリントンの音楽です。
最早ジャンルはファンクなのかも疑わしいくらい彼の音楽には色があり、どこを切っても美味しい。


中学生くらいになってからというもの私は、どうしてもジョージクリントンの息のかかる何がしか(パーラメントやファンカデリック)に入りたいのです。
大いに笑って頂けたら救われます。
ただ、かなり本気でもう十年以上も思っているわけです。


そして自分のCDを発売できるとなった時から一枚と漏らすことなく彼に送り続けていたのですが、当然ガン無視です。
当たり前です。

添付する手紙もひどいものです。
「私は普段はジャズをやっていると見せかけて、本当は何でもできるし、身長は185センチで上からB97、W50、H90です。」
、などと。


そして、三年くらい前に初めてライブを見ました。

もう、なに、何というか、絶望に似た畏怖すら感じるライブでした。

もちろん、素晴らしすぎて号泣し通しなのですが、なぜ絶望したかと言うと、一つの曲の中にブーツィーの曲にあったコーラスやファンカデリック、Pファンク、パーラメントと、ジョージクリントンの息のかかったバンドの様々な曲のコーラスやホーンセクションがガンガン入る。
それはもうガンガン入るのです。
そして、一体どうやって成功させているのか解らない程にそれらがすごいタイミングで絡み合い、無駄な時間など1秒ないうちに終わってゆく。

絶望しました。

ジョージクリントンはイカレているに違いないと。常に自分だけのグルーヴでその場を支配しているに違いないと思ってきただけに、そのあんまりに聡明で練りまくられた曲構成は心打たれるを一周回って絶望したのでした。

もう凄すぎて号泣していると、ステージ上から彼が”泣かないで”とジェスチャーをしてくれました。
もっと泣きます。
更に、軍帽を被って行ったのですが、敬礼もしてくれました。
なので、私は敬礼をしながら号泣していたんですね。
出兵するわけでもないのに、どうかしていたとしか。


終演後に、なんとか直接CDをお渡ししようと色々アレしてみたのですが、どうにもならず、いつも通りの内容の手紙とCDをお店伝手に渡して頂きました。



そして、先日もライブに行って参りました。

案の定キレキレでまた号泣したのですが、今回はなんと!お会いすることができたわけです!
ひいひい言いながらなんとか喋ると、私のことを覚えていると仰いました。

それがただの優しさで実際そうでなくても構いません。
私は神様と話したのですから。

これからもずっと、「私は何でもできます」とお便りを出し続けようと思いました。

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2013年04月19日21:26 | Comment(1)

今年は  [矢野沙織]

いよいよ2012年も終わりますね。
NASAが言うには来年には宇宙人に会えるらしいです。

何かと、どうかしているのは一体どっち側なのでしょう。見ものですね。



私事ですと、今年はデビュー10周年目の年でした。
皆様のおかげで楽しいアルバム制作とツアーを終えることができました。
本当にありがとうございます。
次の創作の意欲となりました。

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ところで今年は、映画をたくさん観ました。

ゾンビ映画を始め、ウイルスで滅亡系、隕石とかで地層からめくれあがって滅亡系、遺伝子操作で滅亡系、こよみ関係で滅亡系を順調に観ましたが、うっかり殺し合ってしまうのは人間種だけらしいということがよくわかりました。

それから、変な奴が犯人で、理由はなんであれ男女数名を絶体絶命の境地に追い込む系もよく観ましたが、こちらもうっかり殺し合ってしまうのは人間の特徴だということがよくわかりました。それからそう言う系では食人をクローズアップされているのも特徴でした。


で、何だかんだと観まして、今年とっても心に残った映画は、
『エディット・ピアフ物語』
『小さな泥棒』
『ベティブルー』
でした。

『ベティブルー』はいつか私が子どもの頃、オシャレ小学生の間で流行ったBetty's Blueという子ども服ブランドがあり、スパンコールでそれのロゴが入ったトレーナーをドヤ顔で着ていたところ、
父親が、「Betty Blueという映画のもじりかな。それを子ども服のブランド名にする趣味は好きだ。十分に大人になったら観るといい。」
と言っていたのを思い出して観てみた映画です。
なるほど。オシャレでドエロで切なかったです。
おかげでソラミミフランス語が巧くなりました。

それから、最近は気が触れたかの勢いでサウスパークを観ていますが、なぜ今まで見ていなかったのか不思議仕方ありません。
好きなキャラクターはカイルとギャルソン先生です。

サウスパークの似顔絵が作れるとのことでやってみました。
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今年は色々でした。

来年も色々なのでしょうか。
困ったものです。


では、皆様、よいお年を/~~~~~

追伸、
カニを買いました。
2012年12月31日18:24 | Comment(2)

父親が死んで  [矢野沙織]

父親が死んで、もうすぐ一年になります。



父親はいつでも滑稽でない程度の親バカで、私を愛していたように記憶しております。


父親が病気をしてから私が父親を看病をしてもそれは決して私の手を煩わすこともなくて、細腕の母親が朝から晩まで働きながら父親の気を紛らわし、それでありながら自らを美しく保ち、右往左往で立ち回っていたように見えました。
それでも母親は周りから、
「もっとやれるはず。」と咎められることが屡々だったのも、私は知らなかったとは言えません。


東京から病気の父親と、か細い母親、まだ大人になっていない妹を残し、私は引け腰よろしくこの遠い土地へ越してしばらくして父親を無くしましたが、その間に一度とて、
「年老いてゆく我々の世話はどうする気だ。」 などと主人に詰問する場面もなかったと聞いております。

昨年の10月に父親が彼の級友を引き連れて沖縄にいる私ら夫婦に会いに来ると行き勇んでおりました。
が、羽田空港までなんとかたどり着くやいなや、内蔵出血からくるひどい貧血で喀血し、にっちもさっちもゆかなくなり、当日午前にて沖縄行きを断念してそのまま有明の癌センター急病棟に入ったことがありました。

父親は来られなかったのか、とうとう死ぬのかな、と落胆するふりに従事していた私でしたが、父親の10月の予定渡航は私の誕生日の間近でありました。
私の体たらくを見ぬいて、母親が見繕った作りのよい上質な柔らかい皮を黒に染めたブランド入りの、小さく使い勝手のよい鞄を父親に託していた様で、
倒れてから1日経って父親とやっと電話を交わした時に、父親は、
「しまった。君への黒い皮の鞄渡しそびれた。」と言いましました。ので、私はそれを「ははは、」と笑い、そのうち取りにゆくさ、となるべく馬鹿みたいに答えました。

父親の誕生日は、私のそれの明くる日なのですが、どうしたものだか、その時の私には、もう二度と父親の足が立つことが無いのが解らず、アーミー使用の耳当てのついた丈夫な帽子を父親にプレゼントしてしまいました。
「ありがとう、ありがとう。」と言っていましたが、その時私は彼を直視しないでいたように思います。


昨年11月の台湾での仕事を終えて、すぐに父親のいる病室に行きましたが、父親は身体一つ小さくなってこそすれ、相変わらず
「やれ、あのブーツは素晴らしいんだよ。」
「やれ、日本はいつからこうなったのか。歴史を学べよ。」
「やれ、いついつの君の演奏はひどい。精進せよ。」
といつも通りの饒舌でした。


それから一度沖縄へ帰り、自分の体の疲れたのにばかり不平を言い、変わらぬ体たらくで過ごしておりました。

すると少しも間の空かないうちに、
「いよいよだ。」
と実家から連絡が入りました。
12月の頭に父親が実家へ一時帰宅するのに併せて帰京すると、先月までの憎まれ口はどこへ行ったか、骸骨にへばりついてやっと生きている様な父親は、ついぞ夢ばかり見ていました。
それから間もなく緩和ケアに入り、毎日見舞うと、朦朧とする意識の狭間で、
「君は天才だ。よくやった。」とばかり言うようになっていきました。
それは矢野家では有り得ないことで、何か私の華やかな仕事が決まる度に、
「なーんでまたアンタみたいのが‥」というような空気が常でしたし、私もそう思っていました。
だのに、父親はその時になって私を天才だと誉めそやし穏やかな顔をしました。

それから一週間くらい意識のほとんど無い日々が続き、ステロイドやモルヒネを使ってなんとかした様でした。
それから、ほんのある日からやたらに元気になり、一切を経口摂取していなかったあれそれを妙にやる気に飲食し始め、その元気が夜になっても治まらないとかで、夜のデイルームに連れ出し、いかにも普段通りに世の中を憂い、皮ジャンのいかに良いかを話し、今後来る混沌について砂嘴していると、橋の向こうの方で冬の花火が上がりました。
「やあ、良いものを観たなあ。こりゃ参った。来週も見られるのだろうか。」
と喜んでいました。

それが確か12月9日のことでしたから、5日後の小雨降る朝早くに父親は亡くなりました。

49歳でした。

正直申し上げますと、私は死に目になんて会いたくなかったわけです。
皆さんがどう思われるかは解りませんが、ともかく死に目になんて会いたくなかったのです。
望み叶って、間に合いませんでした。

父親に末期癌が解って丁度四年経っていましたから、私はこの来るXデーに、決して泣かないよう要調整してきたつもりでした。

心細い母親を支え、妹に気遣い、そんな長女で居るつもりでした。

最後のお湯に入れるときも、私はいつか父が言っていた
「どんな死んだふりでも、まつげをそろりとなぜると反応してしまって、ひとところにバレるもんなんだなコレが。」
というセリフを思い出し、執拗に父親の顔を撫で回しました。特に目元を。

ピクリともしない抜け殻を見て、
「この人は死んだのか。」
と理解しようとしました。

すると、今までの父の記憶が美化されて、現実味を奪い、私の脳は咄嗟に現実逃避を始めた様でした。

なるべく父の憎きを思い出そうとして、なるべく父の愚かさを思い出そうとして、泣くことを体一杯で拒否していたと記憶しています。


子どもを持てば少しは楽になるのでしょうか?

矢野沙織

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2012年11月08日17:26 | Comment(14)

Answer  [矢野沙織]

私の10枚目のアルバム「Answer」が無事発売となりました。

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おかげさまで、たくさんの方が聴いて下さっている様子で嬉しいおもいがしています。


今回のアルバムは全編通してウタモノが多かったので、アドリブ活動よりテーマの歌詞を歌うことに専念致しました。


秋の夜長のお供に傍らにanswer。
如何でしょうか。

再来週から、福岡を皮きりにツアーが始まります。

ウタモノからCDには入れられなかったバップ、それからバラードにブルーズまで楽しいライブにしたいと思っております。

気軽にお酒の肴に聴きにいらして下さい。


では、寒くなりますから養生なさって風邪など引かぬやう。

会場でお会い致しましょう。

矢野沙織

Answer Tour 2012 Tour 情報はこちらより

11/18 sun 福岡Gate's7
【時 間】 1st 15:30 OPEN 16:00 START / 2nd 18:30 OPEN 19:00 START
【料 金】 \6,800 (全席自由・整理番号順)
【チケット】 ■チケットぴあ インターネット抽選先行「プレリザーブ」
【主 催】 RKB毎日放送 【企画制作】 /モンドラナミュージックエンタテイメント
【お問い合わせ】 RKB毎日放送メディア事務局コンテンツ事業部 092-852-6606

11/20 tue 大阪Billboard Live OSAKA
【時 間】 1st 17:30 OPEN 18:30 START / 2nd 20:30 OPEN 21:30 START
【料 金】 料金 / 自由席 \6,500 Casual \5,000(1DRINK付)
【ご予約お問合せ】 06-6342-7722

11/21 wed 名古屋Blue Note NAGOYA
【時 間】 1st 17:30 OPEN 18:30 START / 2nd 20:30 OPEN 21:15 START
【料 金】 \5,800
【予約受付開始】 名古屋BNメンバーズ:9/20(木) 一般:9/27(木)
【ご予約・チケット購入】 電話予約 052-961-6311(平日11:00〜20:00/土日祝休業)
インターネット予約 http://www.nagoya-bluenote.com/ (24時間受付)
携 帯 予 約   http://www.nagoya-bluenote.com/i (24時間受付)
電子チケットぴあ  0570-02-9999 (Pコード : 177-953)


12/5 wed 東京STB139 スイートベイジル
【時 間】 OPEN 18:00 START 19:30
【料 金】 \5,800(税込)、(フード・ドリンク別)
来店順の自由席、整理券の発行は無し。一部関係者エリア有り
【予約受付開始】 9/1〜 STB、ぴあ・ローソン
【ご予約・チケット購入】 ●STB139 スイートベイジル:TEL03-5474-0139、HP: http://stb139.co.jp/
●ローソンチケット:ローソン店頭(Loppi)及び http://l-tike.com
Special Guest 日野皓正(tp)
2012年11月06日18:20 | Comment(1)

たくさんの  [矢野沙織]

皆様、たくさんの投票・ご意見ありがとうございました。

6月22日をもって投票を終了致しました。


ウェブからの投票と紙面回答を、一度レコード会社を通して集計して結果を待つのみです。
とても楽しみ。


集計が終わってから、アレンジ、録音となるのですが、久しぶりのレコーディングで緊張します。

ひゃー



皆様のご協力改めて感謝しております。
ありがとうございました。

良いレコーディングになるよう頑張ります。

矢野沙織
2012年06月24日17:26 | Comment(6)

ツアーが終わりました。  [矢野沙織]

皆様こんにちは、矢野沙織です。

3週間の初夏ツアーが終わりました。

只今、次回CD制作に向けて皆様に選曲アンケートを実施中です。ツアー会場でもアンケート用紙にてご意見を募りました。

会場に聴きにいらして下さった皆様、またたくさんのご意見お寄せ頂いた皆様、本当にありがとうございます。

アンケート期間は22日迄なので、引き続き聴きたい曲・矢野沙織バンドに演奏してほしい曲、お寄せ下さいね。

詳細はこちらより

今回のツアー、私にとっては久しぶりの長期出ずっぱりの旅で少し疲れてしまいましたが、行く先々の街の素晴らしいミュージシャンと演奏して、その街のお客様にお会いすることが出来て本当に楽しかったです。

街々での友達とも大いに遊んで大満足。

フと気付くと、男女および中間問の人問わず、友人らの年齢が主に30代後半から40代に集中していました。


それから、土地の名産を食べたり、買い物に明け暮れたりとオフの日も好き放題でした。

久しぶりにキレイな帽子や洋服やアクセサリーが大量にゲットできてお腹一杯なのでした。

東京でのオフでは、実家に滞在し、何一つの家事もせずに妹と遊び歩きました。

その頃東京は「高橋克也を探せモード」で、駅や街中は厳戒態勢でものものしく、妹と
「見付けたら1000万らしいよ。」なんて話していたら、実家からほど近い場所に潜伏していたらしくビックリでした。


それから、最終日のピンクボンゴの名古屋公演を終え、翌日にはもう長いお付き合いの中京スポーツの記者さんに昼間からビールをご馳走になり、浮かれ気分でセントレア空港へ。


沖縄に着くと、予想はしていましたが、やはりとんでもない湿気…
家に着くと…(※お食事中の方はご注意を…)
リビングと玄関マットと書斎のカーペットを薹素材のものに揃えていたのですが、その素材のものにのみ、カビがびっしり…\(+×+)/
帰宅早々叫びながら、掃除機と雑巾で何とかしました。

ヤバそうな、洋服や洗濯しそびれた何枚かのタオルなんかは無事で不思議に思いましたが、二年目にして沖縄の洗礼を受けた様でした。

今日は梅雨の合間のたまの晴れだったので、盛大に洗濯をして掃除をしてスッキリです。



最後に、名古屋のお友達、お母さん…いや、お姉さんに頂いたヴィンテージのバービー人形。とっても気に入っています。
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また、色々な街で皆様にお会い出来ることを楽しみにしております。

ありがとうございました。

矢野沙織
2012年06月17日08:29 | Comment(1)