Sir,James Moody  [矢野沙織]

「沙織ちゃん、残念だけどジェームス・ムーディーが死んだよ。」
と私に知らせたのは加納さんで、
それまで私は何も知りませんでした。



だから今はよく意味が解りませんが、


いつか、私の演奏を10秒あまり聴いてすぐに、立てた人差し指を細かく振りながら小走りで、
「よく解る、よく解った。でも、君は言葉を知らなさすぎるようだよ。」
と私を演奏を止めたのが彼の最初の挨拶でした。


それからいくつもの時間を彼と共に過ごし、急ぎ足で私に言葉を教えたら、すぐにそれを一緒にレコードに吹き込んで、あろうことか売り物になるそれを使って更に、私に時間目一杯分の彼の人生を教えました。

アルバム[Groovin High]の録音当時、その最中もレッスンレッスンレッスンで、当時は本当に気の滅入るような一見関係のない、別に実際なんていうことはないけどなんかすんごい面倒くさいような練習をさせられては、当然そんなんすごい苦手だから全然出来なくて怒られていました。
それが、何の緊張感もなくありとあらゆるタイミングで行われ続けるため、とうとうどうしてもムーディーの考えていることがサッパリ解らなすぎたから

「一体先生は何を考えていらっしゃるのですか?というのは、今どのような気持ちなのですか?」
と聞いたら、

「多分、自分の最後のまだ小さい娘が、レコーディングをする前の気分だろうね。」
と大真面目に言い、すぐに、やれさぼるな、やれ怠けるな、と訓練を再開させました。


それからすぐに、彼の家族と私とを生活を共にさせることで私をもっとおしゃべりにさせ、話すことでそれまでが許されてゆくような気分にさせました。

そして、これからもずっとそこにいるような佇まいを残したまんま、何にも言わずに先生は逝ってしまった。


私は嘘をよく吐いてしまうタチなのだけれど、それを差し引いても、あんなにも嘘を吐く必要の無い人間に会ったのはおおよそ初めてのことだったものだから、私はついつい嬉しくなって、後ろめたいようなことから、嫌いな人間の仕草、タイプ、嫌いな音、ついには人には言えない嫌いなものベスト100みたいなのばかりを、とにかく彼の後をついて回って喋り、
はたまたある一瞬は、例え自分が都合の悪いことはごまかしても、それは嘘ではないのだと確信できる時があって嬉しくなったこともあったと思います。

だから、もうわけが解らなくなって、昔からどうしても聞いてみたかった差別の話しを聞いてしまって、それまでの鬱積した差別に関する思いのたけをお話ししたように思います。

それまで誰にも言えないと感じていた自らの差別区別感をまさかアメリカ人に話すとは思わなかったものですから、なんだかとてつもない大事件な気がして、あの時は随時早口で焼夷弾のようにぼろぼろと色々な言葉を口にしたと思います。

だって、ちょっとチーズが無いとかそれくらいの用事で、
ステテコ姿で、少し離れたベーカリーの付いてるようなスーパーに行くのに、
ベニーカーターに貰ったとかいう古い嘘みたいなロールスロイスで岡をぶっ飛ばして下るのは気分が良かったものだから。

特にその道すがらにはよく喋りました。

確認したわけではなかったけど、全て許されてゆく気がして、本当に気分が良くて、未だに、なんだったのか意味が解らないくらいで。

ちょうど、死ぬほど酔っている状態から水気をとったかのような良い気分でした。


そういう風だから、思いだそうとするだけでちっとも会話が止まらないじゃないか。おかしいな。
もう死んでいった人なのに。




きちんと落ち着いてみれば
先生の死というものはそもそも、
思い出してみればこのところも、(というのは、時々あることなのだけど)死んでいく恐ろしさをなるべく解りたい気持ちがしたから、楳図かずおが言ったらしいように、なるべく怖くなるようにわざとしたりしていて、それで5日も経つとそろそろ今回は本当に怖くなってきてしまっていたから、むしろ困ったなと思ってたのだけど、
そんなので感じようとしていた死とは違ったのは勿論で、その違いといったら雲泥どころじゃないもっと違うレベルでベクトルの違うやつだったからびっくりしてしまっていたんだ。


最後の言葉だとかなんだとかはまだまだ聞けている状況ではないけれど、

もう一度よく考えてみると、
先生は私に、自身が逝かれる迄には到底終わらない数の問題を寄越しているものだから、先生を追悼しようと思ったりしてごく普通に回想するだけでも会話、質問が止まらなくなる。
それで最終的にはなんだか明るい気分になっている。
ではそれは一体どういうような成分でそうなっているのかな?ともう少し落ち着いて考えてみると、
きっと私の先生は、最後に残されたありあわせの命でする貴重な一息一息を、強く生きられたタイプの人であろう、と誇らしい気持ちがしているから、明るい気分なのだ、と思いました。



それと
私は結婚したことも、なんかそれらしい写真でも撮ったあとでいっぺんに驚かせてやろう、と思っていたから知らせてすらいなかったな。

そうか、じゃあ先生の中では私はもう永遠に娘さんなのか。

ならば、先生が投げかけて私が大変大変と抱えている問題は、ただ元気に生きてゆけば解けるものばかりなのだろう、と。


だってそうでもなければ、困るのですから。

これから長く生きてゆくほど、身の回りの好きな人が死ぬことが増えるわけで、その度にこれほどまでに悲しかったら、あんまり疲れますでしょう。


だから大丈夫。

次は今より少し大丈夫になるはずなのですから。


2010年12月11日12:43 | Comment(8)
この記事へのコメント
何年前か忘れたけど、渋谷のライブハウスであなたとムーディ氏が共演したのを聞きに行きました。あなたの背の高さに驚いたり、ムーディ氏のラップのお茶目さに楽しませてもらいましたね。彼の音からは「人間、人格」がにじみ出ていました。
寂しい限りです・・・。
Posted by jack at 2010年12月11日 20:06
こんばんは!

ムーディ氏に師事を受けた年月は、沙織さんの人生観を変えたように感じました。

ムーディ氏のご冥福を御祈り致します。
Posted by スナフキン at 2010年12月12日 18:47
本日の船引でのライブでJ.ムーディー氏の逝去のことを知りました。ご冥福を心からお祈り申し上げます。
KCブルースから始まった本日のステージ、今まで古臭くてつまらないと思っていたビバップのナンバーがとても新鮮でクールでした。
今、C.パーカーのKCブルースを聞きながらバーボンを飲んでいます。
たまには、オルガントリオでのライブも聴かせて下さいね!
Posted by 阿部 正徳 at 2010年12月13日 00:08
昨日福島でのライブで沙織ちゃんからムーディー氏が亡くなったと聞いて、今帰宅してここへ来ました。実は12/11日は私の誕生日で、その翌日のライブをではあったのですが、沙織ちゃんからのバースデープレゼントなんて勝手に浮かれていました。その11日に亡くなられてたなんて。ムーディー氏との思い出の曲は勿論、私にとっての初めての矢野沙織ライブ、堪能させていただきました。ありがとうございました。
Posted by ぬらりひょん at 2010年12月13日 02:20
ジェイムズ・ムーディー氏の事ショックです。
私はMoody's Mood For Loveを偶然人に進められ
ジェイムズムーディーを知り感動した事を今でも
覚えています。
Posted by テレクラ at 2010年12月13日 16:15
ムーディー氏 大変残念ですね
ご冥福をお祈りいたします。

沙織さんを お見通しでしたね 
磨けば光る  もっと光って
感動を ください  今後とも
よろしくね がんばってください^−^
Posted by ポテ at 2010年12月16日 15:16
ジェームス・ムーディーさんなくなられたんですか!
知りませんでした!
ショックですね!
Posted by 肩甲骨ダイエット at 2010年12月16日 22:09
こんにちは。
ジェームス・ムーディー氏、お亡くなりになられたのですね。
先生の中では永遠の娘さん、との言葉になんだか切なくなりました。
悲しみを乗り越えて、頑張っていきましょう。
Posted by 銀行ローンカード at 2010年12月18日 16:21
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